いざよいブログ

MBTIと混同されているソシオニクスの誤解を解くためのブログ。

外向感覚(Se)の色々な顔を紹介!~目標達成、それとも…?~

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NeやFiなどの8つの成分は、決して画一的なものではありません。むしろその使い方によってさまざまな顔を見せるようなものです。今回は、外向感覚Seのバリエーションについて解説していきます。

 

Se(外向感覚)とは?

Seとは8つの成分のうちの1つで、外向感覚(Extraverted Sensing)の略記です。ソシオニクスにおけるSeは、「意志に基づく感覚」と定義されます。Seは、人や物の「運動エネルギー」を捉えます。人がどのように体を動かしたり力を出したりするのか、どのような力が働いているのか、あるいは自分が何かを動かすとき、どのような力を加えたり緩めたりすればいいのか、こういう視点をとるときにはSeが働いています。また、逆向きの力をかければ動く物は止まります(ブレーキ)。それらから、敵対する者に攻撃したり抵抗したりするのも、Seの領域と言えます。

参考:

外向感覚(Se)のバリエーション

自我のSe――Seへの信頼

①主導するSe:SLE(ESTP)とSEE(ESFP)

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Seを武器にするのが、①主導する機能にSeを持つ、SLE(ESTP)SEE(ESFP)です。この2タイプにとって、Seとは自分のアイデンティティであり、人生の要です。

模範的なSeが以下です。

活発に行動したり交流したりしている人々といると気楽さを感じます。人を組織し、必要に応じて動かし、特定の目標へと方向づけることができます。他者に服従したりさらに貢献したりも好きですが、それはより効率的に「物事を起こす」ことができるからなのです。

自分の周りで生じている縄張り争いや対立に敏感です。他人から攻撃的あるいは敵対的な方法で動かされそうになったり何かをさせられそうになったりすると、即座に自分も敵対します。人々がお互いに操作しようとしていたり何らかの目的をもって自分を組織化しようとしていたりするとすぐに察知します。また、自分の目的を達成するために自主的に攻撃をしかけることもあります。

自分が何をして、何を着て、何を食べて、何に似ていて…などをすべて自分で決めたいと思っており、他人に決められそうになると憤慨します。しかし、自分がもっとも目立てるのであれば、他者の考えやアドバイスや発想も喜んで取り入れます。

困難な状況で自分の意志を試すのを楽しみます。人生を逆境と困難にみちた険しい道のりとして捉え、切り抜けて打破しなければならないものと考えています。

この①主導するSeをもつ2タイプは、自分だけでなく人もどんどん動かしていきます。必要ならば攻撃も辞さない構えという潔さが、①主導する機能らしいところです。

②創造するSe:LSI(ISTP)とESI(ISFP)

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①と似て、自分や人を動かすのが得意なのがLSI(ISTP)ESI(ISFP)ですが、少し違いがあります。

壁にぶつかったときには直接的な行動を起こすことで、自分の目標や欲望、さらには仲良しの友達や家族、仲間の利益を達成できるようにつとめます。他人に必要な行動を起こすよう勧めたり、個々の状況ではわざとプレッシャーをかけたり、突然組織の役割を引き受けたりすることもあるかもしれません。基本的には衝突を求めませんが、衝突が怖いわけでもないのです。

自分の責任を真剣に受け止め、こつこつ丁寧にそれを果たそうとします。そして他人にもそれを期待します

①のSLE(ESTP)やSEE(ESFP)が壁にぶつかる前から行動を起こしたり、あえて衝突したりするのに対し、LSI(ISTP)とESI(ISFP)は、必要になったら行動を起こすというスタンスで、衝突はあまり求めません。

下線部も、①とは違う点です。①の2タイプは、自分も人もどんどん動かそうとします。LSI(ISTP)とESI(ISFP)は、基本的には自分のことは自分で動かすものであると考えていますから、人を動かすのはあくまでサポートにすぎないのでしょう。

超自我のSe――Seへの不信

③規範のSe:ILE(ENTP)とIEE(ENFP)

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①②とはうってかわり、Seへの不信があるのがILE(ENTP)IEE(ENFP)です。

このタイプの人たちは、あるべき姿と比べて規律がなくきちんとしていないとして自分を批判する傾向にあります。そして、非常に限られた成功によって、自分を改善していこうとするのがこのタイプの典型的な特徴です。やりたくないことを自分に(あるいはこの場合だと、他人であっても)強いることはほとんどできず、そして、適切に人々を動かしたり組織化したりする方法を理解するよりは、人々がやりたがらないという状況を破り捨てようとします。

このILE(ENTP)とIEE(ENFP)は、力を加えて自分や人を動かすことに自信がありません。そのため、険しい道のりを乗り越えようとする①や②とは対照的に、むしろその進みにくい状況の方をどうにかしようと考えるのです。

もっとも、規律、組織化、動員は、(自力で生み出そうとするものなのではなく)必要性があるときに自然と生じるものです。しかし、彼らは、戦わなければいけないことのせいでどんどん疲弊していき、困難に直接立ち向かい続けるよりは、別のもっと楽な道を探し始めます

ILE(ENTP)とIEE(ENFP)は、困難に立ち向かい続けると疲れてしまい、楽な選択肢を選んで進もうとします。初めの引用の「非常に限られた成功」は、こうした選択が関係しています。

「グイグイ押す」ことで何かをさせようとするやり口に腹を立てます。そして、圧をかけて相手を動かそうとする人の意見は拒絶します。自分は圧力を使うのを避け、代わりに誘惑したり感動させたりするのを好みます。ものすごく怒ったときだけは強行的で要求が多い人になりますが、ちょっとしたら落ち着いて元通りになります。

力を加えて自分をグイグイ動かすのも苦手ですが、他人からグイグイ動かされそうになるのも嫌いです。そういう場合には、腹を立てて激しく抵抗します。

④脆弱なSe:LII(INTP)とEII(INFP)

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③のILE(ENTP)とIEE(ENFP)以上に、Seへの不信感が垣間見られるのが、④のLII(INTP)とEII(INFP)です。

攻撃的あるいは敵対的な態度に過剰反応しがちで、単なる反射的な反応あるいは悪い雰囲気による結果でしかなくても自分への脅威だと捉えます。

③の2タイプは人から「グイグイ」動かされるのが嫌でした。しかしこのLII(INTP)とEII(INFP)は、「グイグイ」どころかちょっとでも人に動かされると、「自分への脅威」と感じます。

他人の空間に踏み込むことや、高圧的と受け取られるかもしれない態度をとることを避けようとし、人にしてもらいたいことを頼むよりは、自分で訓練したり準備したりすることで自分の欲求と付き合っていこうとします。このような戦略に失敗すると、生じてしまった衝突を対処しようと努力するのですが、臆病で不自然に見えるようなやり方をするので押しつけがましい人に見えます。このことによって、痛烈な批判や、自分の弱さや無力さに直面することになります。

③の2タイプは、怒ったときには抵抗という仕方で人を動かそうとすることがありました。しかしこのLII(INTP)とEII(INFP)は、やり返されないよう、人を動かすことはほとんどしません。また、Seへの自信のなさは、「弱さ」や「無力さ」という仕方であらわれます。

何をすべきか・何故すべきかについて道徳的に説明したり指導したりすることができますが、他人が反抗したり自分の言う通りにしなかったりすると対応できなくなります。こうなると、自分の理屈や思いは捨てて、他人には必要なことをさせるだけでなければいけなかったのだろうと思います。不可能ではないにせよ、そうすることはこの人たちにとっては極端に難しいことです。

人を動かさなければいけない状況になるとどうしたらいいかわからなくなります。

 

超イドのSe――Seへの憧れ

⑤暗示するSe:IEI(INFJ)とILI(INTJ)

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③④がSeへの不信感をあらわにしていたのに対し、⑤⑥は、むしろSeへの憧れを抱いています。とりわけ憧れが強いのが、⑤暗示するSeをもつIEI(INFJ)ILI(INTJ)です。

彼らのSeは、惰性によって特徴づけられます。自分でやり方を決めるときには、比較的外界との関わりが少ないほうの策を選ぶかもしれません。そして外界と関わるときには、自分の活動は空っぽで果たされないまま終わると感じることがよくあります。この人たちにとって、人生とは刺激的な日々なのです。しかし、この人たちは、本当の刺激とは自然発生的なものであり、退屈・怠惰・無感動の中で刺激が発生するのを待つしかないと考えています。興味を開拓することはあまり上手ではないので、新しいことをするかわりに過去の経験を再現し続けようとするかもしれません。このサイクルを壊すためには、自発性と行動力を触発するような外部の刺激が必要となります。このような自発性を人生に導入すれば、退屈と無意味さは、新しいことを経験して自分の考えから逃れられるような活動の不変的な状態として感じられるようになります。

④のLII(INTP)やEII(INFP)と似て、力を加えて自分や人を動かすことはしません。しかしこのIEI(INFJ)とILI(INTJ)は、こうした「惰性」で生きる毎日には虚無感を覚えています。そのため①のSLE(ESTP)やSEE(ESFP)のように動き回ってみたいと感じています。また、③④とは異なり、グイグイ押されることにも動く喜びを感じます。

彼らは加えてとても優柔不断です。特に自分の未来に関わることについて、重要な決断をする能力に欠けているのかもしれません。広範で長期的な見方ができるので自分の人生の外側で成し遂げたいことについてはわかるのですが、それを達成するために短期的な計画をたてて実行に移すことは非常に困難だと気づきます。行動できるようにするためには、しっかりと地に足がついていて、その状況で何がなされるべきかという像をクリアに描ける人から、目に見える明確な刺激をもらう必要があります

また、IEI(INFJ)とILI(INTJ)は、自分がどの方向へ動き出せばいいのかわからず、優柔不断になります。この場合にも、どこに向かえばいいのかわかっている①のSLE(ESTP)やSEE(ESFP)のような人に動かしてもらいたいと思っています。

⑥動員するSe:EIE(ENFJ)とLIE(ENTJ)

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⑥のEIE(ENFJ)LIE(ENTJ)も、Seに対する憧れがあります。

自分の目的を達成することには自信を感じるのですが、どっちの道を選べばいいのかで躊躇しがちです。こういった場合、最後には自分で選べるように、他者の支えを感じる必要があります。

競争や大変な努力をしたり、人と一緒に障害を乗り越えるといったような、自分の意志や人間のパワーが成長していく様子を見たりするのが好きです。しかし、これらの努力のためには心からの悦びとやる気を人から与えてもらわなければなりません。

 ⑤のIEI(INFJ)とILI(INTJ)と異なるのが下線部でしょう。IEI(INFJ)とILI(INTJ)が、グイグイ押されないと動けないのに対し、EIE(ENFJ)やLIE(ENTJ)は、最終的には自分の力で動きたいと考えており、あくまでサポートとして背中を押してもらいたがっています。

イドのSe――Seへの侮り

⑦無視されたSe:SEI(ISFJ)とSLI(ISTJ)

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自分や人を動かすことはたやすくできるけれども、そういったことに価値を感じないタイプがいます。それがこの⑦と次の⑧です。⑦無視されたSeをもつSEI(ISFJ)SLI(ISTJ)は、その名のとおり、Seを無視しようとします。

直接リーダーシップをとったり命令を出したりするよりは、報酬を与えたり大切なひとたちのニーズにこたえようとしたりすることで、他者を先導します。対立や衝突を避けますが、避けられないときには一時的に凶暴で強固な態度をとります。

困難を乗り越えたいとか競争に勝ちたいとかいう考えはなく、外から要求されているように思われることをこなすよりは、自分の内なる欲求に耳を傾け、自分の身体的・情動的・心理的な健康を気にかけたがります。

人を動かすことも、険しい道のりを乗り越えることも、衝突することも、そしてやらなければいけないことをやることも、上手にできます。しかし、彼らにはもっと大事なことがあるのです。

自分のまわりで起こる喧嘩によく気づきます。それに抵抗したり、不可避とわかれば積極的に参戦したりも簡単にできます。しかしそこに自分の快適さと健康よりも優先する意味はないと思っています。一部のスポーツのような、喧嘩の代わりになりそうな激しい身体活動にはまることがありますが、喧嘩自体が好きなのではなく、それによって得られる刺激的な感覚が好きだからなのです。

こちらも同様です。力関係を容易に感じ取るし、喧嘩もしようと思えばできますが、自分の快適さのほうが大事です。

⑧証明するSe:ESE(ESFJ)とLSE(ESTJ)

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⑦を過激化させたのがESE(ESFJ)LSE(ESTJ)です。

説得力がある堂々とした態度をとったり、頑固になったり、あるいは挑戦的な態度を見せたり、敵対したり、ということはできますが、それも短い間で、本人としてもその態度をあまり深刻に捉えているわけではありません。ショーやゲームのようなものなのです。

 ⑦のSEI(ISFJ)やSLI(ISTJ)以上に、人や自分を動かすことは上手ですが、同時にそれ以上にそうしたことに価値を感じていません。彼らにとってはあくまで「ショー」や「ゲーム」の1つにすぎません。

 

出典: Extroverted sensing - Wikisocion