いざよいブログ

MBTIと混同されているソシオニクスの誤解を解くためのブログ。

「相性の良いタイプ」とは何なのか考え直してみた。

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私が今まで最高の相性だと思ってきた組み合わせと、ソシオニクスで最高の相性である組み合わせには齟齬がありました。ソシオニクスの相性にどうも納得がいかなかったのですが、なぜ納得がいかないのかについてよく考えてみることにしました。

 

最高の相性、双対関係

まず、ソシオニクスにおいて最高の相性と言われている双対関係について解説します。
「双対duality」とは数学や物理学の言葉で、どうやら「裏と表」みたいな関係性を指すそうです。恐らくそこからとった言葉なんだろうと思いますが、この双対関係には、具体的に、IEE(ENFP)とSLI(ISTJ)、ESE(ESFJ)とLII(INTP)などの組み合わせがあります。

さて、この双対関係がなぜ最高の相性なのかというと、ソシオニクスらしい説明をすれば、お互いの自我がお互いの超イドにあたるからです。自我は、自分のいわば「使命」に関わるもの、超イドは、自分の幸せのために必要だが誰かの助けがないとよくわからないものです。つまり、双対関係のパートナーは、あなたの自己実現を喜んで助けてくれる人、ということになります。双対関係は対称的な関係なので、逆もあてはまります。双対関係のパートナーが何かで困っていれば、あなたは喜んで助けることでしょう。なぜって、その助けがあなたの使命だからです。

超イドへの助けを得ることができないと人はどうなるのでしょうか。自分の中の超自我とイドの対立に悩まされ続けることになります。超自我は「社会のため」、イドは「自分のため」で、両者は対立しています。超自我の視点に立てば、イドは反社会的でワガママです。「そんなんでは社会でやっていけないぞ!」です。学生であれば「親」や「先生」で考えてもいいでしょう。「親(先生)の言うことききなさい!」です。逆に、イド視点に立てば、超自我はクソエグい要求をしてきます。「社会のために死ねというのか!社会が死ね!(?)」という感じでしょうね。

こういう「自分はダメだ!!」と「いや社会がクソなんだ!!」を行ったり来たりしてしんどい気持ちになること、ありませんか?私はめちゃくちゃありました。特に10代後半~20代前半くらいで、こういう気持ちは強まるかもしれません。「社会」というものを超自我によって意識できるようになるのが10代のときだと言われているからです。

 参考:

双対関係は、そうした葛藤から自分を守ってくれるのです。「社会」の言いなりにならず、かといって反社会的で身勝手な行動をとって堕落していくのでもない。本当に自分がしたいことにちゃんと向き合わせてくれるのが、双対関係です。

双対関係についての詳細は:

超自我は無視できない

しかし残念なことに、いつも双対関係のパートナーの助けを得られるわけではありません。そして、人は放っておいたら楽な方に流れます。超自我より、イドの言うことを聞いたほうが楽です。「学校とかダルいじゃん?家で好きなだけゲームしてるほうがよくない?」、「自分で考えるのめんどくない?みんなの真似してる方が楽じゃない?」など、悪魔の囁きは人によって違うかもしれません。でも、楽なほうに流れてしまうというのはみんなに共通していることでしょう。

しかし、そんなふうに楽なことばかりしていたら、いつか痛い目を見ます。超自我の言う「そんなことでは社会でやっていけないぞ!」は、ウザイですが一面では正しいのです。図星だからウザイのです。社会には、様々な価値観、様々な制度があります。この中でうまくやっていくためには、社会へ自分を合わせていく努力は欠かせません。つまり、超自我の命令は結局のところ無視できないわけです。

ところでソシオニクスには、「超自我関係」という関係があります。

超自我関係:

これは、一方の自我が他方の超自我にあたる組み合わせです。自我とは「使命」みたいなもんでしたから、言い換えれば、超自我関係のパートナーは、自分の中の超自我とおんなじことを喜んで言ってくるということになります。人は大抵、悪魔の囁きによって楽な方に流れかけても、「家でずっとゲームしてたいけど、学校は行かなきゃだよなぁ…」、「みんなの真似してたら楽だけど、ちゃんと自分で考えないとなぁ…」という気持ちは多少なりとも残っているわけです。そこで超自我関係のパートナーは、よかれと思ってこう言うかもしれません。「ゲームばっかりしてたらダメになるよ!学校は行きなよ!」、「みんなの真似ばかりしてたらダメになるよ!自分で考えなよ!」などなど。

・・・わかってるよ!!!と言いたくなります。自分のダメなところをわざわざ責めたててくるように感じるかもしれません。

超自我関係の私と母親について:

超自我関係、なんで自分ばっかり!!

確かに、超自我関係は図星を突き合うような関係であり、居心地の良し悪しという点では「相性が悪い」と言えてしまうかもしれません。しかし私は、この居心地の悪さは、「一方の自我が他方の超自我にあたるから」というだけでは説明しきれないと考えました。モデルAを使って、もっと詳しく考えてみます。

以下は、超自我関係であるIEI(INFJ)とSLI(ISTJ)のモデルAです。

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超自我関係では、一方の②創造する機能が、他方の④脆弱な機能と一致します。

まず、②創造する機能は、自我、つまり「使命」の一部です。上手に使えますし敏感に反応しますが、疲れやすく、人にもそれを期待しがちな機能です。IEI(INFJ)であれば、「うわ、雰囲気悪い!喧嘩が悪化する前に場を和ませないと!」と、急遽ジョークを挟んで対応するかもしれません。ただし続けるのは疲れるので、人にも最低限雰囲気をぶち壊さないことを期待するでしょう。また、④脆弱な機能は、最も苦手でできれば使用は避けて通りたい機能のことです。例えばSLI(ISTJ)は、雰囲気を読むことに自信もないし、そもそも雰囲気を読む努力なんてしたくないと思っているかもしれません。

つまり、超自我関係ではこういう現象が起こります――相手のミス(④)を、つい尻ぬぐいしてしまうが、「なんで自分ばっかり!お前もちょっとはやれ!」と不満に思う(②)。しかし、これは相手からすれば、やりたくもないしできもしないこと(④)を、相手が当然のこととして期待してくる(②)わけです。このように超自我関係は、勝手にお節介しておいて見返りがないことに不満を感じ合うという関係になりやすいのです。

 

“最高”の相性

一方、私がしばらく前に「最高の相性」だと思い込んでいた関係は、例えばIEI(INFJ)とLSE(ESTJ)、SEE(ESFP)とLII(INTP)のような組み合わせです。これは、確かに一方の自我が他方の超自我にあたるのですが、超自我関係とは機能の並びが違うために、自覚している短所を補完し合うことができるのではないかと考えました。

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こうした組み合わせでは、一方の①主導する機能が他方の④脆弱な機能と一致し、かつ一方の②創造する機能が、他方の③規範の機能と一致しています。

まず、①主導する機能は自我の一部で、自分の最大の武器です。②創造する機能とは違い、人に期待はしません。そのっため、超自我関係とは違って、④脆弱な機能由来の相手のミスを自然とカバーすることができます。

また、③規範の機能は、同じ超自我でも、④脆弱な機能とは異なり、苦手なりに頑張ろうとする機能です。そのため、最低限やってくれと期待していること(②)を、相手は頑張って手伝おうとしてくれますし(③)、逆に向こうが期待していること(②)も、こちらは苦手なりに努力することができるのです(③)。つまり、お互いに短所を補いつつお互いの配慮を実感できる関係ということになります。

ソシオニクスの双対関係が自己実現のための相性なら、この関係は自己実現の前段階といえるかもしれません。つまりこの関係とは、分業体制をしくことで、各々が超自我の命令に消耗することなく自分の成長を目指せるようにするという関係です。LIE(ENTJ)は、自分の幸せを目指すために(超イド:Fi+Se)、細やかな気配り(Si+Fe)を代わりにやってくれるSEI(ISFJ)を望みます。そしてSEI(ISFJ)はというと、安心して自由な挑戦ができるように(超イドNe+Ti)、代わりに自分の将来的な地位や権威(Te+Ni)を保証してくれるLIE(ENTJ)を必要とします…………

母との決別、衝突関係

………ここまで書いて、この関係のパートナーは精神分析で言うところのではなかろうかと思い始めました。何も言わなくてもミルクをくれる母。不完全な自分を許してくれる偉大な母。この関係が作り出す世界は、母子分離以前の、すなわち父=超自我が“未だ”存在していない世界です。言い換えればこの関係は、母子一体という完全な世界を作り出すという意味で、確かに“最高”の相性なのでしょう。

実際、私はこの関係に魅了されました。この“最高”の相性が母との調和を再現できるなら、もう自分の短所に苦しめられることもなくなるわけです。完全に調和していて全員が幸福である「すばらしい新世界」への幻想はどんどん強化されていきます。

すばらしい新世界 (講談社文庫)

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まず、高校時代からの友人がLSE(ESTJ)だったことが一番大きかった。確かに自分のやりたくないことを代わりにやってくれるし、とても居心地が良かった。しかもLSE(ESTJ)の知人はこの友人だけですから、彼女と仲良くしている限りは反証されることがありません。そして私はこの幻想を守るために距離感を調整しながら仲良くし続けることでしょう。

ところで、ユングの概念にグレートマザーというものがあります。子を慈しみ育むという温かな一面と、子を呑み込んで破滅させるという恐ろしい一面を兼ね備える偉大な母のイメージです。母と調和しているという居心地の良さは、母から一生離れることができなという恐怖と表裏一体です。だからこそ母からの決別、すなわち自立が必要となるのですが、“最高”の関係がソシオニクスで衝突関係と言われているのは示唆的です。

衝突関係:

この関係は、自らの超イド――すなわち本当の望みに気づいていく過程で、まるで母と衝突、決別するかのように、突然終わりを迎えることがあるかもしれません。現に私の周りで、ずっと仲良くしていたのに突然絶交してしまった衝突関係の2人がいました。それはきっとどちらかが母への幻想をバッサリ捨てて自立の道を進み始めたことの現れなのかもしれません。なんでもかんでも甘えていたら、いつまでも大人にはなれないのです。社会に適応する努力は、自分でしなきゃいけない。

ソシオニクスは、自己実現を主眼に置いた性格類型です。それは、まず母との決別から始まります。だからこそ、ソシオニクスで最高の相性といわれる双対関係は、母という幻想を断念した者同士の関係であり、自立した大人同士の関係であり、それゆえ、必然的にぎこちなさを内包しているのかもしれません。

 

以下の記事もご覧ください:

 

追記:内容を大幅に修正しました(2019/05/06)。