いざよいブログ

MBTIと混同されているソシオニクスの誤解を解くためのブログ。

「超自我関係」、私の理想像。

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今日は超自我関係Super-egoを訳したので紹介します。年末年始に帰省して、夏ぶりに超自我関係の母を含む家族と話しましたが、たまに会うくらいなら喧嘩もすることなく穏やかに関われるなと改めて実感しました。

 

超自我関係については以前記事にしたことがあります。ただし当時はソシオニクスについてはほとんど知らなかったため、MBTIを参考にしたオリジナル解釈であり、これから紹介する記述とどれだけ整合性があるのかはわかりません。一応貼っておきます:

超自我関係とは

モデルA

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一方の①主導する機能、②創造する機能が、それぞれ他方の③規範の機能、④脆弱な機能にあたります。

超自我関係のペア

  • ILE(ENTP) & SEE(ESFP)
  • SEI(ISFJ) & ILI(INTJ)
  • ESE(ESFJ) & LIE(ENTJ)
  • LII(INTP) & ESI(ISFP)
  • SLE(ESTP) & IEE(ENFP)
  • IEI(INFJ) & SLI(ISTJ)
  • EIE (ENFJ)& LSE(ESTJ)
  • LSI (ISTP)& EII(INFP)

※()内はMBTI表記

超自我関係①(by Bukalov, Boiko)

超自我関係はお互いに尊敬して支え合う関係です。相手のなかに、自分が手に入れたかった資質を見ます。さらに、相手は自分の理想像を体現しているように見えます。すなわち、相手を見ると、不信感、そして時々良心のお咎めが沸き起こるのです。しばしば、相手が自身の強い機能を使って話をするときには、相手の話を聞くのがいやになります。総合的に見れば、この関係は良いものになりえます。たとえば、ILEは、人を組織して自分に従わせられるSEEの能力に非常に感銘を受けます。SEEはというと、複雑で理論的な考えや現象を理解できるILEの能力に感銘を受けます。この関係においては、いくぶんか心理的距離を保たなければなりません。なぜなら、距離が近くなると、怒らせ合うようになることがあるからです。そのため、家庭という環境で生活するのは非常にやっかいになるかもしれません。相手に再度合わせ続けなければいけないというのはとても難しいことだからです。

超自我関係②(by Gulenko)

手厚い単調さ

はじめのうちは、コミュニケーションは興味深いのですが、あまりにも単調で退屈です。多少の珍しさや独創性を取り込むには大いなる努力が必要になります。このように、しばらくの間はまずまず大きな相互利益にありつくことができます。時間が経つと、お互いに、相手が与えたいと思っている以上の注目を要求するようになります。不満や非難が表面化して蔓延し始めます。相手のことを身勝手だとみなし始めます。絶えず続く些細な対立や喧嘩は、この関係の距離感が近い限り避けられない構成要素です。

関係性の2つの特徴

超自我関係の特徴は、コミュニケーションにおける距離が大きいときに相手の主張や動機を敏感に捕らえられることです。それゆえ、超自我関係は、外交上の策略のために距離がたくさん必要なのです。仲良くやっていく能力は距離が近いときと変化や新しさを拒まれるときには減少します。

超自我関係は、相手を絶えず操縦して空虚な約束をすることからなります。相手にあることを言うとき、秘密裏に完全に異なった決断をしているということがあります。両者の活動は、ふつうの状態では非常に依存的です。それぞれが、自分を依存させようとするどんな試みにも激しく抵抗します。このようなペアはとてもダイナミックであり、活動の際には頻繁に変化を求めます。

距離が近いときには、この関係は口論と喧嘩で占められます。2人はある種の安定した立ち位置を探そうとしますが、このような立ち位置は非常におぼつかなく、絶えず自分から逃れてしまいます。超自我関係は、定期的に破壊されるバランスをもとに戻すことに基づいています。結果、2人に起こるあらゆる急速な変化は、ポジティブな視点というよりもむしろネガティブな視点から受け取られます。距離感が不適切なときには、相手を責め合います。相手を自分本位な人だとみなすようになります。この関係はとても情熱的なものになりえるのですが、時々お互いに対して理不尽なふるまいをすることが特徴的です。

この関係は実用的でもあります。超自我関係は、とても具体的で実利的で目に見える関心をもって団結します。このペアは、試行錯誤という仕方で経験を蓄積することができるのです。両者は、また、相手の状態を監視し合っており、一方が他方よりも多くの特権や利益を得た場合には非常に不愉快に反応します。

この関係が発展すると、徐々にしかし激しく、勢力と感情的貢献を平均化しようとします。お互いにどんな不均衡にもすぐさま反応するのです。こうした変動の振幅は次第に大きくなっていき、限界に達すると、落ち着き始めます。もっと相手を十分に考えることを学ぶのです。立場の対立もしだいに落ち着いていきます。

仲良くやっていくアドバイス

 

この関係は柔軟性と外交的手腕を必要とするでしょう。一方がいくらか利益を手に入れれば、他方はしばしばこの不平等に強く劇的に反応をかえします。相手を利用して自分のために何かを手に入れようとしてはいけません。これは必ずや喧嘩を引き起こします。相互に利益になるやりとりをするようにしましょう。知り合いの輪を拡げましょう。特に他の街や遠い地域から来ている人たちだと良いです。もしこの関係が悪化してきていると感じたら、相手の良い資質に目を向け、ほめてあげましょう。外の敵や問題に対抗するべく、力を合わせましょう。

意図せずして相手を傷つけてしまわないようお互いを思いやることを学びましょう。相手の行動の変化の原因を理解しようとしてロジックを使うのはおすすめできません。もっと頻繁に活動の様式を変えましょう。お互いに望みを持って、そしてどんな企ても優先せずにやりましょう。

この関係では、両者は一斉に活動的になることはできないということを念頭に置きましょう。エネルギーを拡げる役を交替し続けましょう。哲学的に説明したり理論化したりする作業に引き入れてはいけません。小さな違いが生じたときはいつでも、小さな和解によって解消しましょう。

超自我関係③(by Gulenko, Molodtsev)

尊敬しあう関係です。超自我とは“超‐私super-I”ということです。超自我関係の相手は、自分から遠いとこにいるどこか神秘的な理想像として受け取られます。相手の独特な癖や考え方に興味を惹かれます。距離が遠いときは、この関係は表面的にはよそよそしいことが多いのですが、内心ではしばしばお互いに共感と愛情を育んでいます。2人が興味を持てるような共通の話題がない場合は、コミュニケーションはやや堅苦しさを帯びます。相手の話を聞くよりも自分の視点を表現したいという欲が起こります。なぜなら、片方の強い機能の領域に話題が陥ることがよくあるのですが、それはもう片方にとっては弱い機能の領域の話題であって聞いているのが退屈だからです。このため、自分に対する理解と興味を、たとえうすっぺらくとも、相手は示してくれているという印象を与えます。

距離が縮まると、この関係の性質は新たに不快な調子を帯びます。言葉をみれば、とりわけサブタイプがマッチしているときは、今までどおり良く理解しあえているようなのですが、行動となると、まるで相手は自分の足を引っ張るために生きているかのようなのです。超自我関係は、自分の目的について伝えられないか、相手の話をよく聞かないかです。こうして、相手が期待していたことの真逆をやるようになります。これにより多くの口論や衝突が起こりえますが、こういう場合であっても、相手への愛情は消えないし減ることすらありません。理想は未だ実現できるという希望が残っているのです。

外向型なのか内向型なのかは、この関係に重要な影響を及ぼします。両者が外向型の場合は、相手が自分に全然注意を払ってくれず外側の問題にあまりに没頭していることに不満をおぼえるのが常です。内向型同士のペアにおいては真逆で、相手があまりにも自分のことにしつこく立ち入ってきて、一人にさせてくれないと感じます。結果的に、いずれのケースでも、相互の誤解と口論が生じます。

まとめ

超自我関係は、

  • 距離が遠いときは、自分の理想像の体現として感じられるため、尊敬しあう。
  • 距離が縮まると、相手が身勝手に感じられ、喧嘩が絶えなくなる。
  • お互いの利益を考え、つねに歩み寄り、思いやりを持って接するべし。

大体こんな感じでしょうか。

以前一人暮らしをしていたとき、SLIの母から「ほしいものがあったら送るから言ってね」という連絡を何度も送られてきたので、たまには甘えたほうがいいのかな?と思い、支援物資をお願いしたことがあります。しかし、家に帰ると「何度も何度も頼んできて…『一人でやりくりできる』って言ってたくせに」と文句を言われて、かなり面食らいました。「文句言うなら、最初から送るよ送るよってしつこくするなよ!」と返した気がしますが(おそらく母もここで面食らっている)、このやりとりはまさに見解②だなと思いました。あれだけ喧嘩してもなお「相手への愛情は消えない」というのは切ないです。