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【noteより】ソシオニクスに出会うまでのダメダメな日々について。

アイキャッチ:ソシオニクスに出会うまでのダメダメな日々について。その他

こんにちは。memai(@izayoiblog)です。

今日は、私memaiがソシオニクスに出会うまでのダメダメな日々の思い出をつらつらと書いていきます。本当にダメダメなので注意。

当記事は、2019年にnoteで投稿した以下の記事を一部修正したものです。

確か大学4年生の頃だったと思うんだけど、ある男の子と仲良くなりました。専攻は違ったけどたまたま同じ授業をとっていて、その授業の打ち上げで初めて話し、それ以来親しくなっていきました。

彼は大学で私に会うたびにご飯に誘ってくれました。共通の話題が特にあったわけでもなかったし、なにせ彼はTOKYO生まれTOKYO育ちGINZAは庭のシティーボーイ。いつも高そうな服を着て、いかにも都会のオボッチャンという出で立ち。

ただでさえブルジョワ大学の中で生きづらさを感じてた、埼玉生まれの庶民の私。彼には相当の引け目を感じていました。彼とのご飯は大抵学食か安い中華料理屋だったけど、それでも私はずっと引きつった笑顔を浮かべていました。彼の話は、小説の話か哲学書の話。スタンダールがどうとか、『全体と無限』の誰訳は良いとか、私には全然わからなかったし、自分の教養の低さを痛感してばかりだった。「彼は私なんかと話して楽しいんだろうか?」と何度も思ってしまった。そんなんだから話は全然盛り上がらなかった。

あるとき、例の彼から飲みの誘いが来ました。大学近くの中華料理屋で集合し、ザーサイをつまみにして青島ビールを飲みました。話の方は相変わらず特に盛り上がりませんでした。それでも閉店後にも深夜までやってるサイゼリヤに移動して、激安白ワインを頼みました。彼は「ボクさ、サイゼのワイン大好きなんだよ。不味くてサイコーじゃん」と笑ってたけど、私はやっぱりうまく笑えなかったんです。

ワインで楽しくなってきた彼があいかわらず哲学の話をしてると、突然酔っぱらったオッサンが横に座ってきて、「今、ジル・ドゥルーズの哲学の話をしていましたか?」と議論を挑んできました。

私がメンドイなと思いつつもどうしたらいいかわからずいると、彼は私に「もう出よう」と書いた小さな紙を渡してきました。でも彼、こっそり書いて渡すという発想がなかったのか、紙は簡単にオッサンに見つかりました。オッサンが「悪口書きやがって」と言うと、彼も「ボクはスピノチストなので、あなたの主張には賛同しかねるんだ!」と怒りだして、店を出ていきました。私も慌てて店を出ました。背後でオッサンが「お前ら今夜はお楽しみか!」と言っていたような気がしますが、どうでもいいことでした。

サイゼリヤを出るともう1時でした。夜はまだまだ冷え込む季節。高そうなダッフルコート姿で、背中を丸めて立っていた彼のことは覚えています。そして彼は「ごめん終電逃した…。一生のお願いだ、家に泊めていただけませんか…」と本当に申し訳なさそうに言いました。

私の家はすぐ近くでした。私はかわいそうだし何事もなさそうなので泊めることにしました。そのあとはめちゃくちゃ謝られながら、朝4時くらいまで酒を飲みました。そのおかげか、彼とも打ち解けることができました。そして第一印象とは裏腹に、色気も自信もあまりない青年だとわかりました。

私の誕生日に、祖父の四十九日が重なりました。下宿先に戻ってからは、喪服のままベッドに寝転んで、Twitterのタイムラインをただ眺めていました。彼は「今30円しかないけど誰か飲みませんか」というふざけたツイートをしていました。誰かに誕生日を祝ってもらいたかった私はつい「いいね!」をしてしまいました。するとすぐに彼からLINEが飛んできて、私の誕生日なのに私の奢りで飲みに行くことになりました。

詳しいことは全然覚えていないのだけど、どうせこの日も彼が終電を逃し、私が憐れんで家に泊めたんでしょう。朝5時くらいまでカップ酒や氷結を飲んで、YouTubeでJoy Divisionや岡村靖幸を聴いて歌って踊り(当時の家は国道沿いにあり、外の騒音がすごすぎて実質防音でした)、14時くらいに起きました。彼はイライラしながら「付き合ってもいない女性の家で二日酔いになってる自分の汚らわしさに耐えられない」とかなんとかボヤいてタバコを吸いました。氷結の空き缶を灰皿にして。

それからは何をするでもなく、というより二日酔いで何もできず、ただタバコを吸ったりスマホを見たりして、無為な時間を過ごしました。そんな中だったと思います。彼が寝転がりながら「この前やった性格診断が面白かったよ」と教えてくれたのです。LINEでURLを送ってもらって、私はすぐにプレイしました。

「…なんだった?」

「”提唱者(INFJ)”だって」

「ちなみにボクは”建築家(INTJ)”だよ。”本の虫”って書いてあるんだけど、そうなんだよ!ボクは幼少期、部屋でずっと本を読んで育った。親が構ってくれなかったから」

私は、彼が教えてくれたこの性格診断にどハマりしました。どうしてこんなに当たるんだろう? このアルファベットの意味は何なのだろう? 元ネタは何なのだろう? 会う人会う人に診断をやらせました。元ネタがMBTI®️であると知ると、大学の図書館でMBTI®️の本を読み尽くしました(私以外に借りている人は1人しかいなかったです)。

久々に熱狂する趣味を見つけた感覚でした。でも私は話がそんなにうまくなく、いまいち面白さを伝えられなかった。そこで今まで映画の感想のメモに使っていたブログを、MBTI®の面白さを広めるためのブログとして作り変えて、「とりあえず私のブログ読めばわかるから!」と言えるよう準備することにしました。

私がMBTI®にハマるのと並行して、彼との距離感はどんどんおかしくなっていきました。彼との日々は、血まみれ、泥まみれ、氷結まみれ。昼過ぎに吐き気や全身の痛みで目覚め、「こんな日々は嫌だ」「辛い」とお互いに言い合って、そしてタバコを吸う。私もタバコを覚えました。そして夕方になると、「ボクとキミが会うのも今日で最後だ。もう二度と会うことはないだろう」と言って一緒に酒を飲む。

そしてまた昼過ぎに吐き気や全身の痛みで目覚めて、また「死にたい」とか言い合って、また一緒にタバコを吸った。

MBTI®の本に、私と彼のタイプは、ストレス時には快楽の過剰摂取をすると書いてありました。大学4年生。就活もしていない。勉強もしていない。THE・クズ。私も彼も大学院に進むつもりでなんとなくやってきたけど、自分の人生、本当にそれでいいのかわからなかったんです。

私はMBTI®を彼に教えて「私たちってダメなとき、過剰な快楽に溺れるらしいよ!」とか言って、こんな現実をともに嗤いとばしたかったのかもしれない。

そして散々嗤ったあと、ちゃんと生きたかった。

ソシオニクスを知ったのは、MBTI®を知ってから――そして彼と疎遠になって、しばらくしたあとのことでした。

この時期、MBTI®の本では「タイプに相性はない」って断言されているのに、ネット上では「タイプ同士の相性」についての情報が回っていました。不思議だったけど、MBTI®の本を読み尽くして飢えていた私は、新しい「タイプ同士の相性」とやらに熱中しました。

しかし調べているうちに、これはソシオニクスというロシアの方の理論で、MBTI®とはまるっきり別物だということを知りました。しかも「タイプ同士の相性」として流布していた情報は、致命的な間違いを孕んでいました。

私はショックを受けました。私はそのころ、「ENFJとISTJは最高の相性と言われています!!」といったような内容のブログを書いていました。確かに、ソシオニクスでは”ENFj”と”ISTj”が双対関係というもっとも理想的な関係といわれています。しかし、これはMBTI®の”ENFJ”と”ISTJ”とは別物だったのです。つまり私は、誤った情報に基づいてブログを書いていたのです。

デマに加担してしまった、という強い罪悪感が消えませんでした。そしてその償いとしても、ソシオニクスの正しい知識を広めなければいけないと思うようになりました。そんなふうにしてソシオニクスのことを夢中でブログにまとめまくっていたら、1年が経ち、2年が経ち、気付いたら今日になっていました。

彼と出会い、MBTI®を知り、彼と疎遠になり、ソシオニクスを知り、そして今に至るまでの間、大学4年生当時の私だったら想像もつかないことがたくさん起きました。直後には2単位残して留年みたいなヤバいことも起きたし、まさかそのあとで大阪へ引っ越すとも思っていませんでした。大阪の地でたまたま知り合ったお金持ちの社長さんと恋に落ち、そしてひどい別れ方をするとも、もちろん思わなかった。そしてその後2年間友達だったやつと付き合い始めて、今、京都で同棲している。そんなこと、誰が想像できたでしょう。

それまでの人生、「どうせ無理だ」と諦めてきたことのほうが多かった。「大阪の大学院へ進学だなんて、行ったこともないしツテもないし無理だ」と思っていた。「どうせ何度地元を離れても、私は何も変わらない」「どうせ朝は遅く起きて、夜は不眠に苦しむ日を繰り返す」「どうせ理想を捨てられないまま、何も成し遂げられずに終わる」――いつもそんなふうに思っては、「ま、昔よりはマシだけどね」と自分を慰めてきた。

でも私が思っているよりずっと世界は混沌としていました。つまり、まだまだいくらでも・どうにでも変われるということ。

そして私が思うよりずっと世界は色鮮やかでした。氷結よりも愉しいことはいくらでもあるってこと、当時の私は知らなかったんです。

ソシオニクスによれば、私たちのタイプは無気力をはねのけるような「刺激」を渇望するタイプ。過剰な快楽に溺れていたのは、「刺激」に飢えていたから。でも、本当に刺激的で愉しいことが何なのかをわかっていなかったんです。今は、ちょっとだけわかってきたような気がします。少なくとも、氷結まみれになって踊ることではないなと思うしね。

彼は、愉しくやっているだろうか。

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