いざよいブログ

MBTIと混同されているソシオニクスの誤解を解くためのブログ。

8通りの愛(後半)~アガペ―、フィリア、エロス、ビクトリア~

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前回、MegedとOvcharov夫婦による8通りの愛の半分、ストルゲ、マニア、アナリタ、プラグマの紹介をしました。今回は前回紹介しなかった残り半分、アガペー、フィリア、エロス、ビクトリアの紹介をしたいと思います。

 

前回の記事はこちら:

8通りの愛(続き)

5. アガペー

5つ目はアガペ―Agapeで、Niに対応する愛です。IEI(INFJ)、ILI(INTJ)そしてEIE(ENFJ)、LIE(ENTJ)がこの愛を持ちます。アガペ―はキリスト教の誕生によって普及しましたが、今でも存在が認められています。

これは犠牲的で理想主義的な形の愛です。アガペーの基礎には寛容さがあります。これは運命論という要素をもつかなり安定した感情です。アガペーの持ち主は多くを許し禁欲を当然のこととみなすことができます。洗練されていて詩的であり、このような愛は感情を抱く対象からしばらく離れ、互恵性への望みがなかったとしても存在しうるのです。アガペーには、現実がもたらすどんな破壊的行為からも幻想を守ろうとする欲望があるため、このような関係は自己欺瞞になりがちです。その複雑で矛盾に満ちた本性にもかかわらず、アガペーはほかのどの愛の形よりも謙虚なものになりやすいです。時々この形の愛をもった人は、たとえば愛する人を手放すなど極端な決断をしなければなりません。しかし愛する人のイメージには、離れ離れになってから長い月日がたっても、忠誠を見るでしょう。ここでは精神的な欲望がいつも肉体的なものよりも優勢です。

6. フィリア

フィリアFiliaNeと対応する6つ目の愛です。ILE(ENTP)、IEE(ENFP)そしてLII(INTP)、EII(INFP)が持っています。プラトンが称えたことから「プラトニックな愛」と呼ばれるようになったようです。その後ルネサンス期を経て発展し、特に性の乱れが深刻な社会においてフィリアの重要性が増しているそうです。

これは精神的な愛で、その基礎には魂や関心事、動機が似ていることがあり、ある種の知性でつながっている仲間です。このフィリアという感情は、深い尊敬と理解の感覚がある友情を生じさせます。フィリアにはとても選択的なところがあり、同じ考えをもつ人々と結びつき、刺激し合うことでお互いに能力を磨いていきます。これは平等な2人の間の愛で、強制、さらにはどんな命令にも耐えられません。この形の愛をもった人々は、自分を失望させることがないパートナーを選び抜き、その人にだけ忠誠を誓い続けることができます。自分の期待に沿わなかったり、精神や考え方という点で相いれなかったりするパートナーとは、後悔することなく別れます。性に関する不調和にはかなり寛容です。

 

7. エロス

そしてエロスErosです。エロスはSiをもつSEI(ISFJ)、SLI(ISTJ)そしてESE(ESFJ)、LSE(ESTJ)にそなわる愛です。古代ギリシャの時代に広まり、発展した社会の最大の特徴であるそうで、今でもメディアやアートなどでプッシュされています。

これは愛の対象に対し、情熱的に力強く、そして官能的に惹かれるものです。ここでは、愛する人の外見や振る舞い方が大きな価値を持ちます。顔や身体や歩き方といった、理想的な外見を前に美的な感情や崇敬の念が引き起こされ、しばしば誇張します。このエロスという形の愛が優勢である人々は、肉体と魂の両方の調和を求め、わずかな欠点や弱点には盲目になることができます。この愛によって奮い立つと、大いなる献身をしたり、上手に感情表現できるようにしたり、スタイルを保ったり、服装に気を遣ったり、美しい環境を整えたりし続けることができます。パートナーに快く自分を合わせて順応します。肉体的な快楽をかなり重視します。望みどおりの調和が見つからないと、感情を抱いた対象に絶えず失望し、相手とすぐに別れます。

8. ビクトリア

最後がビクトリアVictoriaです。Seに対応する愛で、SLE(ESTP)、SEE(ESFP)そしてLSI(ISTP)、ESI(ISFP)が持っています。古代ギリシャに起源をもち、奴隷時代には人気を博していたそうで、内向型のビクトリアは、女性に従属的な立場をあてがう伝統的な社会に今でも残っています。発展した社会ではビクトリアの人気は失われているのですが、外向型のビクトリアに関しては、性の革命以降のアメリカ文化で人気が高まっているそうです。

このタイプの恋愛のふるまいは、知的で精神的なニーズからもっとも遠いものです。ビクトリアには深さや創造性が欠けています。ビクトリアは、感情を抱いた対象への征服という喜びに基づいています。これはある種のゲームです。征服された相手が抵抗しなければ、相手への興味は急速に失われます。内向型や両向型(あまり社交的でない人々)にとって、愛する人が自分の大切な財産とみなされているとき、この感情はとても安定していて頼もしいものになります。パートナーへの配慮は果てしない要求として示されますが、そこには最善の意志があります。このビクトリアという感情はまったく利己的で時々同情とはかけ離れたものになりえます。外向型(より社交的な人々)においては、この形の愛はしばしば一貫性に欠けます。性的な多様性を追求して新たな勝利という喜びを感覚しようとするのがビクトリアの本質だからです。パートナーのことは、敵や要塞が嵐に襲われているようなものと見ています。パートナーは蔑まれ、そこには慈悲や、完全な相互理解に至ろうという気持ちはありません。

 

次回は、これらの愛の相性についてまとめていきたいと思います。