分かり合えそうなのに――似て非なる2人の「準同一関係」。

ソシオニクス

同期がEII(INFP)ということもあり、最近、JとPが反転したタイプ同士の関係に興味を持っています。これはソシオニクスでは準同一関係Quasi-identityと呼ばれます。今回はこの準同一関係について調べてみました。

Quasi-は「準…」と訳しましたが、「擬似…」とか「似非…」とかいう訳のほうが把握しやすいかもしれません。なんちゃって同一関係です。

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準同一関係とは

モデルA

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準同一関係のペア

  • ILE(ENTP)&LIE(ENTJ)
  • SEI(ISFJ)&ESI(ISFP)
  • ESE(ESFJ)&SEE(ESFP)
  • SLE(ESTP)&LSE(ESTJ)
  • IEI(INFJ)&EII(INFP)
  • EIE(ENFJ)&IEE(ENFP)
  • LSI(ISTP)&SLI(ISTJ)

※()内はMBTI表記

概要

準同一関係は、対立するクアドラに属する、似て非なる機能をもつ2人の関係で、お互いに示唆的な影響(=⑤盲点の機能の学び)を与えることのない関係です。ふつう、2人は(とあるクラブのメンバー同士のように)共通の話題をたくさん持っており、両者の会話はこの共通する関心の領域に引き付けられるのですが、すべての主題に対しまったく異なるアプローチをとります。2人は同じ現象に気が付きながらも、その現象をまったく異なる用語をつかって記述・分析し、相手の使う用語を面白いは面白いがまったくもって不満の残るものだと感じます。これは、一方の、言語体系やアプローチを形成する①主導する機能が、他方の、強いが過小評価している⑧禁じられた機能にあたるからです。お互いに、相手が①主導する機能をたくみに使うのを見て感銘を受けるのですが、誠実で率直な表現というよりは「パフォーマンス」として受け取ります。(自分が⑧禁じられた機能を使うときは「パフォーマンス」として使うからです。)

親密な関係では、相手のアプローチを正し、まったく異なる言語体系からその問題を見直したいという衝動に駆られます。このため、「相手に正しく評価してもらえない」という感情を抱くようになります。2人は、相手が自分に関心を持ってくれるという感覚があるので、たやすくパーソナルな会話に発展します。しかしこの心理的な距離の近さは、相手の行動への苛立ちがついに爆発してお互いに不満の表明を我慢しなくなったときに、容易に失われます。このために失望と信頼を裏切られた感じや忠誠心がないという感じを抱くことがあり、突然相手の近くにいたくなくなったり、そういう感情を排出するのでこれ以上関係を続けたくなくなったりします。

お互いに広く思いやりをもち共通の弱点を分かち合う間、準同一関係では、個人レベルで有意味な手助けをすることはほとんど不可能で、たとえできたとしても、すぐにお互いの期待に対する苛立ちにかわります。そのうえ、感情の問題や個人的な問題の解決策は、いつも根本的に違っているのです。たとえば、EIE(≒ENFJ)は「立ち直らなければ」ならないし、ダラダラしたりウジウジしたりするのをやめなければならないのですが、IEE(≒ENFP)が必要としているのはペース配分を変えることと気晴らしをすることなのです。相手のコツを真似したところで何も得るものはありません。

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準同一関係①(by Bukalov, Boiko)

両者の関心は類似しているのですが、距離が縮まると誤解が生じます。ILE(ENTP)が抽象的な仮説理論について話せば、LIE(ENTJ)は、実践的で現実的な話をします。ある有名なLIE(ENTJ)の数学者は、自分には数学の公式など必要ないし、人は特定のパラメーターを引き出す方法を知らなければならないのだと言いました。活動領域を線引きして共同行為をすれば、このペアは大成功をおさめることができます。家族生活に関しては、この関係は最悪というわけではありませんが、最適というわけでもありません。

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準同一関係②(by Gulenko)

議論の調律

コミュニケーションは形式ばったトーンで行われます。準同一のパートナーから受け取る情報はしばしば自分の期待と完全にはそぐわないものとなります。バランスのとれた話し合いができるように会話のスタイルを合わせる必要があるでしょう。即座にお互いを理解するのは非常に難しいです――相手の主張の意味は、長い時間を経て、再び同じ問題へと立ち戻るときに明らかになります。2人は同じ考えを別の仕方で表現しているのです。相手に対して何も証明することができないために、誤解と非生産的な論争が生じます。結果的に、お互いを過小評価・軽視しがちです。

関係の2つの特徴

準同一関係は公的な場での議論は得意です。受容的な聞き手を前に、たいていはお互いを支持したり、相手のアイディアを拾い上げたり発展させたりします。遠大で大胆な計画が提案されます。しかし、狭い輪の中にいると相互理解は困難になります。相手が自分の言っていることをまったく理解していないという印象が生じます。

準同一関係はお互いの実用的なロジックを発展させます。将来性のあるアイディアがたくさん頭に浮かぶのです。情動は実行に成功したり失敗したりしたときだけ適切なものになります。この関係はユーモアの感覚を促進し、いつも正当化されるわけではない楽観主義をももたらします。

準同一関係のパートナーは、実践においてアイディアをテストする傾向にありますが、しかしながら、段階的な実現によってではなく、大胆な実行によって行われます。この関係はリスクをとるように相手を動かし、企業家魂を目覚めさせ、楽観主義を注入します。2人は過去に試したりテストしたりしたことを使って、ポジティブな伝統を復興させることができます。

この関係においては、大きな動きが生じることがあります。冒険を志向し、相手をリスキーな行動へと差し向けます。計画はしばしば変更されて、新しいプロジェクトが提案され、試され、テストされます。立ち止まって一息つくことは不可能です。変化のない環境では、準同一関係は急速に終わりを告げます。

この関係では、最初は緊張を感じることはありません。相手は自分の見方を理解して協力してくれるようになるだろうと願い続けます。しかし、これは実現することはありません。長く同じ問題に取り組めば取り組むほど、2人の距離は離れていきます。結束を維持するためには、両者が同じ考え方を持っているふりをしなければなりません。この努力は2人を長いこと守ってはくれないので、新しいことを見つけたり過去の未決定な問題に戻ったりしなければならないでしょう。

仲良くやっていくアドバイス

準同一関係は意見の違いを述べてきました。長々と語れば語るほど、お互いの見方を理解するのは難しくなります。論理のレベルで理解することは、この関係の障害になります。この関係は疲れますが、疲労はすぐに感じられるのではありません。時々、コミュニケーションをとったあとで高尚な雰囲気を体験することがあります。過去に直面したことのない困難な問題を解決するために準同一関係の相手を誘うのはおすすめです。この関係間の緊張は、娯楽や生産的な活動に参加することで和らぎます。重要な決定を急がないでください。なぜなら、この関係は現実感覚が足りていないからです。

民主的な態度、ユーモアの感覚、楽観的な人生観がこの関係を強固なものにします。問題がないように見えるのはまやかしです。準同一関係の2人はリスキーで冒険的な運行にはとてもよくなじみます。静的な環境、平和、平穏はおすすめできません。ちょくちょく旅行したり世界について学んだりしましょう。目新しいことに興味を示し、新しいものを作ろうとしましょう。

準同一関係③(by Gulenko, Molodtsev)

これは、お互いに完璧に誤解しあう共存関係です。この共存は2人がロジカルタイプ(=T)の場合は平和的でいられます。もし2人がエシカルタイプ(=F)の場合は、しばしば関係性について議論をしなければならないでしょう。サブタイプの一致がとても重要になります。サブタイプがミスマッチだと、より高い緊張と相手の行動への非難が生じます。しかしこれは2人が同じゴールのために団結してお互いに頼らなければならないときには乗り越えられます。最初の譲歩はいつも非合理タイプ(①主機能にN/Sを持つ方)が行い、合理タイプ(①主機能にF/Tを持つ方)はそれを受け入れます。準同一関係は概して急所を突くことはありません。相手に脅威を感じることもありませんが、対等であると感じることもありません。相手は自分より能力が低いように見えますが、自分が失敗した問題についてはなぜだか相手の方がはるかに成果を出します。このために、両者はうぬぼれに苛まれます。この状況は不公平なものとして受け取られます。この関係でもっとも不快なことは、相手を完全に理解できないことです。相手の情報を自分自身の言語へといつも「翻訳」する必要性が存在します。準同一のパートナーが書くものは、ほとんど読むことは不可能です。相手の情報を解読することはたくさんのエネルギーを使いますし、無駄で役に立たないことに見えます。準同一のパートナーの作品にはいつも欠陥が見つかります。2人で会話をするのは決してしんどいわけではないけれども、満足感は得られません。同じことは別のわかりやすい言葉で主張できたはずなのに、わざとわかりにくくしたり、物事を複雑に考えすぎたりあるいは単純化しすぎたり、横道にそれたりする人に見えます。準同一関係は共通の話題を見つけて、同じ問題で集合できます。しかし困難な状況に対しては異なる解決策を見ています。時々、時間の無駄だと感じることがあります。団結する理由が特にないからと、この関係はいともたやすく、思い残すこともなく破局します。どちらかといえば生彩を欠くこの関係を的確にあらわしたことわざがあります。「あなたたちにはあなたたちの、私たちには私たちの結婚式がある」。

まとめ

最後のことわざは、「これからは私たち別々の道を行くけど、お互いに幸せな人生を歩もうね」的な感じなのかなと思いました。大事な点をまとめると

  • 同じ現象を全く別の見方で捉えており、話が通じないため、相手を過小評価しやすい
  • 問題の解決策についても真逆であり、アドバイスが意味をなさない
  • 一緒にいると楽観的になれるので生産的な活動をすると吉

このような具合でしょうか。

個人的にグサグサきたのが、お互いに相手の能力を低く見ているために「うぬぼれに苛まれ」るという部分です。確かにEIIに対して「この子、心配だな…」と思うことは結構あります。(逆にIEIIから同じことを言われることも多いです。)だからEIIが成果を出したときは猛烈なショックを受けるんですよね。同期もそうで、同期は“独創的なのにちゃんとしてる研究”(外向N&内向S?)をするんですよ。ただ突飛なアイディアにとどまらない、私ならただの根拠のない思い付きにしかならないところを、ちゃんと文献を持ってきて支持できる。それを目の当たりにするたび私は落ち込むんですが、お互いにそうなる関係なのだとしたら、この関係が疲れるものと言われることにも納得です。

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