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宵のつれづれ#90 棚に上げる機能

宵のつれづれ

宵のつれづれシリーズ、仕事帰りの電車の中で読めるくらいの軽い記事、というコンセプトではじめたシリーズです。今回は第90回、棚に上げる機能です。

宵のつれづれ
  • よひ 【宵】名詞
    晩。また、夜に入って間(ま)もないころ。
  • つれ-づれ 【徒然】[一]名詞
    ①手持ちぶさた。退屈であること。所在なさ。
    ②しんみりしたもの寂しさ。物思いに沈むこと。
執筆のルール
  • 1記事につき1論点(ただしソシオニクスの話に絡める)。
  • ゆるく楽しく書く。
  • 木曜日の、太陽が沈むころに配信。
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棚に上げる機能

以前の記事#88で、証明する機能は他人の未熟さに不寛容である、という話をしました。

証明する機能は、自分にとって当たり前。なので当たり前が行われていないのを見ると「非常事態」として受け取ってしまう。なので、相手の未熟さを「まあ、そういう人もいるよね~」と受け入れることはできない、という話でした。

で、今回新たに考えたいことがあります。

じゃあ証明する機能は、そんなにちゃんとしている機能なのか? ということ。

他人にあれだけ不寛容なんだから、自分にも非常に厳しい基準を設けていらっしゃるんでしょうねえ?ということ。

しかし、私の意見ですが…証明する機能は「そんなちゃんとしてない」です。

他人には「そんなこともできないの!?」「当たり前でしょ…?信じられない…」とか驚いているわりに、自分は「別にええやろ」と適当に済ませてしまうところがある…つまり棚に上げるのが、証明する機能。

たとえば、LIIの例を考えてみましょう。

LIIの証明する機能は、内向直観(時間の直観)です。

「内向直観」とは、出来事と出来事の間の時間上の関係や、その展開の妥当性を取り扱う情報要素です。

そこからLIIは、これから何が起こるか予測を立てて、適切なタイミングやペース配分で行動することができます。でも、LII本人はそれをさほど重視しているわけではありません。

なのでたとえば(全員ではないよ)、締切を前にゆっくりのんびりしているLIIがいるとします。

LII
LII

夏休みの宿題は、最終日にやるタイプだったねえ…。

ところが、締切を前に同じくゆっくりのんびりしている他人にはどうでしょう。

LII
LII

え…? 締切は明日なのに、なんでまだやってないの…? なんでそんな余裕こいてるの…?

自分だってのんびりしているくせに、他人がのんびりしていると「信じられない!」という思いになるんです。

なんだか自分を棚に上げているように見えます。が、本人からすれば、これは別に矛盾していないんです。

なぜかというと、自分は問題に対処できるけど、他人がそうかはわからないからです。

たとえばさっきのLII本人は、今後の展開もある程度読めているし、「自分なら対処できるっしょ」という自信があるからです。

あとどれくらい時間があって、どのペースなら間に合うかを自分なりに見積もれています。仮に予定が崩れても、そのときはそのときで何とかできると思っています(証明する機能は、イドブロックにあり、自分や人を守る機能です)。

他方、他人はどうだかわかりません。「間に合う間に合う!」と言ってても、本当に間に合わせられるかわかりません。その人が締切を守れなかったせいで、大きな損失があるかもしれません。だから相手のことを放っておけないんです(LIIの双対ESEの脆弱な内向直観が想定されています。ESEはペース配分を見誤りやすいと言われます)。

もっとも、自分なら対処できるという自信が、必ずしもいつも通用するとは限りません。#78で描いたSEIのように、本人が「まあ私なら対処できるっしょ♪」と思っていても、相手はそうではないこともあります。

逆に、他人だって自分が思っているよりは案外うまくやれるかもしれません。

まとめ。自分には「なんとかできる」という見通しがあります。でも、他人についてはその見通しが持てません。だから自分には許していることでも、他人がやっているのは不安になります。

外からは「自分のこと棚に上げてない?」と思えるのですが、本人の中では、自分と他人ではそもそも条件が違うわけです。

これが「棚に上げる機能」こと証明する機能の正体です。おしまい。

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