「相性」という言葉が見えなくするもの | いざよいブログ
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「相性」という言葉が見えなくするもの

アイキャッチ:「相性」という言葉が見えなくするもの 独自研究

こんなふうに日々ソシオニクスの「相性」をネタに記事を書いている私が言うのもおかしな話ですが、最近、相性という言葉をめぐって少し考えていることがあるので、今日はそれについて自戒の意味も込めてまとめてみたいと思います。

相性という言葉の落とし穴

これまでソシオニクスのIntertype relationshipについて語るときは、ずっと相性という言葉を使ってきました。某今は亡き個人サイトとか某出会い系サイトとか(いずれも間違いがあるので気をつけてください)が相性という言葉を使っていたので、それに倣いました。直訳すれば「タイプ間の関係性」ですがどうも歯切れが悪いし、相性のほうがわかりやすいしイケてるじゃん!なんて思いつつ。

しかし最近になって、考え方が変わりました。Twitterでこういう言い方をする人をよく見るようになったからです。

“〇〇タイプと××タイプは相性が良くない”

“△△タイプと□□タイプは相性が悪いらしいけど、仲良くできないのかな”

“ソシオニクスでは相性良いらしいけど仲悪いから、相性の良し悪しは関係ない”

ここで私が気づいたのは、相性という言葉はいつも良い/悪いという言葉とセットで使われるということです。そしてこの良い/悪いという言葉は、その「良さ」あるいは「悪さ」の程度をあらわす「とても」や「まあまあ」を伴って、とても良い・良い・まあまあ良い・普通・まあまあ悪い・悪い・とても悪い…というふうに一列に並べることができます。

つまり「相性」という言葉を使うときには、「どれくらい良いのか」あるいは「どれくらい悪いのか」という程度をはかるようなやり方で、タイプ間の関係性を考えてしまう危険があります。

事実、先に挙げた某出会い系サイトでは、各関係を星★の数で序列化しています。この関係は★5つ!この関係は★1つ!というように。そっちのほうがわかりやすいですよね。でも、私のブログの読者であれば、ソシオニクスの関係が★の数ではかれるような種類のものではないということがわかるのではないでしょうか。

「程度」ではなく「種類」

先日MBTIのセッションに参加したとき、講師の方が「タイプはお酒の種類みたいなもの」と説明していました。ビール、ワイン、日本酒…というように、人間にもENFJ、ISFP、INTJ…というタイプがあるのだということです。これと同じことが、ソシオニクスの関係にも言えるでしょう。ソシオニクスには、双対関係、幻想関係、超自我関係…など、全部で14種類の関係があります。

そして種類は比べることができません。だから、「ビールと日本酒、どっちが良いものか?」、こんな問いはナンセンスです。ビールと日本酒の質にもよるし、食べ合わせや飲む状況にもよるからです。

これと同じでタイプは比べられません。タイプは種類です。だから、「INFPとESTPのどっちが良いか?」という問いは、ビールと日本酒を比べるくらいナンセンスです。そして準双対関係と活性化関係もまた、比べることができません。関係は種類です。種類は比べられません。

ただし、比べる基準をつくれば比べられます。ビールと日本酒であれば「度数」は比べられます。INFPとESTPであればたとえば「家にある本の数」とか「服装の傾向」なら比べられます(比べる意味があるのかはまた別の問題)。これと同じで、ソシオニクスの関係も基準をつくれば比べられます。準双対関係と活性化関係は比べられませんが、たとえば「仲良くなるまでにかかる時間」なら比べられます。

ナス食べたい。

双対関係は最高の相性なんじゃないの?

ここで、1つの疑問が浮かんできます。

“関係同士は比べられないとは言うけど、そしたら双対関係って何なの?最高の相性ってことは、別の関係と比べて「最高」ってことでしょ?比べてるじゃん!!嘘つき!!”

実際に双対関係は、ソシオニクスの核となる重要な関係であり、双対関係のためにソシオニクスがあると言っても過言ではないくらいです。つまり、双対関係が最高の相性なのはおそらく事実です。

双対関係:

しかし双対関係は種類です。種類は比べられないと私は言いました。でも双対関係は最高の相性です。私は本当に嘘つきなのでしょうか。

…いいえ、双対関係は、ある基準において最高の相性なのです。種類は、基準をつくれば比べられると言いました。双対関係は、自己実現という観点において最高なのです。自己実現は簡単に言えば、自分が本当にしたいこと(自我)が、社会規範(超自我)にも衝動(イド)にも邪魔されることなく実現できるということです。そういう観点から見るときには双対関係は確かに最高であって、超自我関係や衝突関係はあまり良くないとされるのです。

参考:

「相性」という言葉が見えなくするもの

双対関係は、ある基準において最高の相性だ…ということは、別の基準においては最高の相性とは限らないということです。言い換えれば、どんなときでも・どんな自分にでも都合の良い関係ではありません。だから、たとえば、好きでもないのに「私たち最高の相性らしいから…」と無理に関わろうとしたり、「双対だから許してくれるはず」と失礼な態度をとったりすれば、痛い目に遭わされるということも大いにありえます。本当になりたい自分になれるのを手助けするのが双対関係なのだとすれば、無理をしている自分や失礼な態度をとる自分は、否定されてしかるべきだからです。

それぞれのお酒がそれぞれの特徴を持っているように、それぞれのタイプもそれぞれの特徴を持っているし、それぞれの関係もまたそれぞれの特徴を持っているのです。相性という言葉は、こうしたそれぞれの関係が持つ特徴を見えなくしてしまいます。相性という言葉を使うことで、それぞれの関係の違いは★の数の違いに矮小されてしまいます。そうなってしまったらソシオニクスはもはやいらない子でしょう。

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