いざよいブログ

MBTIと混同されているソシオニクスの誤解を解くためのブログ。

ソシオニクスの「超自我」ブロックとは?

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前回まで、自我ブロックとその中の2つの機能を紹介しました。今回からは超自我ブロックです。昔記事にしたときは、このブロックを厳しい天使になぞらえましたが、果たしてその理解は正しかったのでしょうか。

 

自我ブロックはこちら:

超自我=厳しい天使説は以下:

超自我ブロック

モデルAの2行目(③規範の機能④脆弱な機能)は、超自我ブロックSuper-ego blockと呼ばれます。自我を自由にそして自然に使うのは、これらの機能の使用を制限することでもあり、これらの機能は自我ブロックの代わりにはなれません。人は自分の超自我の機能は、自我ブロックにより立てられた目標のためだけに使うものだと信じています。つまり、超自我の機能の利用は、自我ブロックの興味に役立てることに制限されています。自分自身の関心を十分に持てておらず、周りの人たちからもっと超自我の機能を使えるようになれと圧力を加えられるときには、苦しくなり、くじけてしまいます。心理は、超自我の機能に、成果を出し続けられるほど長くはエネルギーを注ぐことができないのですが、超自我の機能の発達が自分の人としての価値を決めるのだと信じている場合には、そのせいでがっかりしたり、自分が悪いのだと感じたり、さらにはノイローゼになったりします。

超自我の機能は、多くの自意識の原因です。知らない人たちあるいは批判的に自分を見ている人たちに囲まれると、自分の超自我の機能は無能かもしれないと気づき、しばしば以下のどちらかの反応をとります。

  • 自信があるという幻想を作りだすため、この機能を使って見せつけるように行動する。
  • この領域における完全な無力さないし拒絶を声高らかに主張する。

 

超自我の機能は意識にあるため、人が意識的に形成しようとする事柄を描き出します。しかし自我ブロックとは対照的に、超自我の機能はほとんどいつも自分のなかで結論が決まっています。この領域で語られる情報はどんなものでも、現実的なアドバイスや批判というよりは抽象的な議論の道具として使われます。
これらの機能は柔軟さに欠け、直接の体験あるいは前から重視している出所に由来していない限りは、新しい情報を拒絶しがちです。超自我の機能は、なじみのない状況では、自信をもって独創的な反応をするのがきわめて難しいのです。かなり信頼している友人を除けば、超自我の機能による行動を直接解説されたり分析されたりしてもありがたみを感じることはめったにありません。また、機械的に悪意を向けられたと疑いがちです。人生のこうした側面へ批判を向けられると、長いこと根に持つことがあります。激しく保身する(猛烈に批判的になる)か、あるいはふさぎ込んでその状況について何日も思い返すかもしれません。

他方、はっきりと褒められると、思いがけず自尊心が高まります。

 

「社会統制」のブロック、「社会適合」のブロックとして知られます。人の「社会的良心」になぞらえることもできます。超自我ブロックの活動は、主に、他者が自分に課する規範や基準を果たすことに向けられます。このブロックへの評価や命令はなんでも、自分の外側、周囲にいる他者に求めます。ここでは、社会の管理と統制に自分自身を明け渡しており、このブロックが弱いということを意識的に認めています。④脆弱な機能における「痛ましい苛立ち」がないことは、人が他者の期待にこたえられているサインであると考えられます。それぞれが、④脆弱なアスペクトを理解することで「公的な意見」と同じ意見を持てたらいいのにと願っているのです。ソシオニクスのいくつかの文献の説明によれば、これは社会が人を統制するためのブロックです。

超自我ブロックへの直接の影響は、通常、人をもっとも意識的に不安にさせます。同時に、人は超自我ブロックの弱さを自覚していて、なんとかして埋め合わせて対応しなければと実感します。この対応は、概して、自我ブロックの強い機能によってなされます。したがって、超自我ブロックに影響が加わると、それに対応するため、人は戦闘態勢に入り、自我ブロックの機能を意識的に活性化させることになります。

超自我ブロックは決して主張をしません。新しいことをつけ加えるのではなく、そのアスペクトについてわかっている全てのことをただ集計して推論するだけなのです。このブロックは雑食で、そのアスペクトに関するあらゆる情報を二つ返事で吸収するのですが、同時に情報の判別が基準以下であることを示しています。

いくつかの文献では、超自我ブロックは“10代”のブロックとして言及されます。人はこの超自我ブロックから他者に見せようとします。「私はまさにあなたたちに似ていますよ。私はあなたたちの一員ですよ」――人がある特定のグループに属していることを示そうとするとき、10代の少年少女がどのように社会化していたかを思い出させます。また、このブロックは青年期(12歳から18歳)を通じて完成するとも信じられています。

 

次回: